『ペナルティループ』かつてない新感覚のループもの!ラストやペナルティループの意味とは
なぜループするのか?誰に対してのペナルティなのか?ラストの意味とは?謎が多く新感覚のループ映画『ペナルティループ』の解説・考察をしていく。
1.作品概要
監督:荒木伸二
脚本:荒木伸二
製作:木下グループ
製作国:日本
配給:キノフィルムズ
時間:99分
公開:2024年3月22日
出演:若葉竜也、伊勢谷友介、山下リオ、ジン・デヨンほか
2.あらすじ
岩森淳は素性不明の男・溝口に恋人の唯を殺されてしまう。自らの手で溝口に復讐することを決意した岩森は、綿密な計画を立てて殺害を実行するが、翌朝目覚めると周囲の様子は昨日と全く同じで、殺したはずの溝口も生きている。なぜか時間が昨日に戻っていることに気づいた岩森は戸惑いながらも復讐を繰り返すが、何度殺してもまた同じ日に戻ってしまい……。(映画.comより引用)
3.主な受賞・選出
4.作品の見どころ・考察
かつてないループもの
主人公がタイムループする映画は古くから数多くあるが、本作は他のループ作品とは異なる独創的な設定が光っている。
まず「主人公が自らの意思でループを選択している」点が大きな特徴として挙げられる。従来の作品では、ループに巻き込まれた人物はなぜループしているのか分からず、ループから脱しようとあらゆる手を講じるのが一般的だった。
だが、本作は主人公の岩森が「ペナルティループ契約書」なる契約書にサインし、ループする日数まで選択している。これによって、限られた日数内(本作では10日)でどのように行動するかがカギとなり、時に何百、何千回とループする作品との画一化ができている。
また、主人公だけでなく復讐の相手・溝口もループしている自覚があるという設定も斬新で面白い。この設定によって、ループはしているが徐々にお互いの行動に変化が生まれ、一筋縄では復讐を達成できなくなる。
これらは説明されることなく、岩森が顔を見られたかを心配する素振りをみせたり、溝口が「またか」と呟く、ラジオの説明が微妙に変化しているなど、断片的に明かされるため、展開を予想する楽しみがあった。
不思議な関係性
こうして攻防を繰り広げる中で、2人の間に何とも言えない不思議な関係性が芽生える。溝口がボウリングのアドバイスを与えたり、岩森がデザインやスケッチを趣味としており仕事にしたいと思っていると内面を吐露するなど、両者の関係からからは想像もできないシュールなやり取りが展開される。
そして、岩森はループを終わらせたいと告げるが、「契約書にサインをしたから無理です」と断られ渋々再開する。ここで、岩森が復讐という行為への嫌悪感を抱き、自身の気持ちが晴れることがないことを悟ったのではないだろうか。
復讐することの無意味さ、人が人を手にかけることの罪の重さが作品に漂い始めるが、あえて感傷的になりすぎず、客観的に描いている点も良い。
溝口の最期
ラジオのアナウンスの内容から今日が最終日だと悟った岩森は溝口にその旨を告げると、「今日本当に死ぬかもしれないってことか」と動揺する。廊下をあてもなく歩き、電気配電の扉を開けるがもうその必要もないためか点検せずに小走りで走り出す。
まるで死刑執行前に抵抗を見せる死刑囚のようで、人間の愚かさや罪に問うことの難しさを感じ取ることができる。机で正対する両者の光と影の陰影からは、裁くものと裁かれる者を思わせ、ついに最後の復讐が決行される。
いざナイフを突き立てようとしたとき、溝口が手を伸ばし岩森も握り返す。
かつて淀川長治氏が『太陽がいっぱい』を「同性愛的な感情」と評したが、そのことを彷彿とさせる。もちろん本作は同性愛ではないが、友情のような特別な関係性であったことが最期に描かれる。
このシーンは溝口役の伊勢谷のアドリブであるらしく、それだけでも凄いが岩森役の若葉も「手を出したから握り返しただけ」と瞬時に伊勢谷の意図を理解し演技に繋げられており、撮影を重ねるごとに2人の間にも作中同様の絆が生まれていたと思わされるシーンだった。
美しくもあり恐ろしくもあるラスト
ついにループが終わり、頭からコードを抜くと現実に戻る。
まるで『未来世紀ブラジル』のラストのような恐ろしさを覚える。
現実に戻った岩森と恋人唯が森の中を歩いている様子が描かれる。
ループをする中で知ったこと、聞いたことを確かめるが口癖の「質問禁止」ではぐらかされる。何か違和感を覚え足を止めると、唯は構わず歩き続け、歩き続けているにも関わらずある場所から先へ進まず、同じ台詞を繰り返している。それはまるで、ゲームでマップの端の見えない壁にさえぎられて跳ね返されるあの感じそのもので、この光景もVRなのか、現実なのか、理想なのか分からなくなり、唯という存在は初めから存在しなかったのではないかとも思え、どれをとっても背筋の凍るような演出となっている。
そして、岩森は車を走らせるが、事故を起こしてしまい、心配した野次馬らが大丈夫かと声をかける。歯や腕は折れ、頭から血を流しているが笑いながら「大丈夫です」と返す。
今まではこの時点でループしたが、現実世界に戻り周囲に存在を認知され、生きている実感を感じられるラストも素晴らしい。恋人を失いループで何度も人を殺した岩森の精神面で考えると前途多難だが、現実を生きていくしかないという強いメッセージを感じ取れることができ、一体誰に対してのペナルティなのか?罪と罰とは?と考えさせられる。
5.個人的にマイナスだった点
ユイと溝口の設定
両者の詳細な情報は劇中で明かされないが、書類を焼き、命を狙われた唯は実は犯罪組織かそれに近い組織に身を置いていたが裏切ったことで仲間に狙われたのではと推測していたが、パンフレットによると「外務省に勤務しており上司を裏切ってデータを盗んだことから国家的な圧力をかけられた」とのことで、飛躍しすぎているように感じた。
劇中の描写から溝口はプロの殺し屋か犯罪組織の一員のようだったが、明確にはされていないため謎が残る。ループもので現実的ではないとい批判は的外れかもしれないが、大元が非現実的だからこそ、それ以外の部分では現実的な設定で詰めてほしかった。
観る人を選ぶ展開
本作では、恐らく意図的に岩森と唯が現在の関係になるまでの過程や登場人物らの人物描写など感情移入できる部分を削り、ループの仕組みや目的など詳細な部分を描いていない。
そのため観客がそれぞれ考察をし、様々な解釈ができるようになっているが、好みがハッキリと分かれそうなポイントだ。ちなみに私は、考察のできるようにあえて隙間を多く作っている作品は好きなので、本作も最後まで楽しめた。
6.総評
荒木伸二監督が「これ以上のループものは出てこないような映画を作りたい」と語っているように、爆発的なエネルギーを秘めた唯一無二な作品に仕上がっている。
独創的な設定や演出のなかで、メインキャストの4人がインタビューなどでも互いに刺激しあい高め合っていた様子が伺え、素晴らしい演技に繋がったのでなないだろうか。
特に唯役の山下リオの「彼女は懸命に生きてきたから死が解放になったかも」「ラストは唯の存在を曖昧にするため、様々な表現をした」という言葉が印象深かった。
あえて考察や解釈を多くできるように作られているため、何度も”ループ”してみたくなるような作品だった。
7.こぼれ話
- 時代設定は2033年。
- ペナルティループは、被害者遺族救済サービスの一環であると同時に、思考実験としてデータが集められている。