アガサ・クリスティの同名推理小説の映画化。
オールスターキャストで贈る『オリエント急行殺人事件』の解説・考察をしていく。
1.作品概要
監督:シドニー・ルメット
脚本:ポール・デーン
製作:ジョン・ブラボーン、リチャード・グッドウィン
製作国:イギリス、アメリカ
配給:EMI、パラマウント映画
時間:128分
公開:1974年11月21日
出演:アルバート・フィニー、アンソニー・パーキンス、ショーン・コネリー、イングリッド・バーグマンほか
2.あらすじ
1935年、私立探偵エルキュール・ポアロは大陸横断列車オリエント急行に乗り、ロンドンを目指していたが、豪雪のため列車が立ち往生してしまう。そしてその夜、列車内でアメリカ人の富豪ラチェットが何者かに殺害されるという事件が発生。ポアロは乗客たちから事情を聴き、事件の調査を開始するが、やがて殺されたラチェット氏と5年前にアメリカで起こったある事件とのつながりが見え始め、意外な真相が明るみになる。(映画.comより引用)
3.主な受賞・選出
- 第47回アカデミー賞
<受賞>
助演女優賞(イングリッド・バーグマン)
<ノミネート>
主演男優賞(アルバート・フィニー)
脚色賞(ポール・デーン)
撮影賞(ジェフリー・アンスワース)
作曲賞(リチャード・ロドニー・ベネット)
衣装デザイン賞(トニー・ウォルトン) - 第28回英国アカデミー賞
<受賞>
助演男優賞(ジョン・ギールグッド)
助演女優賞(イングリッド・バーグマン)
アンソニー・アスキス賞(リチャード・ロドニー・ベネット)
<ノミネート>
作品賞
監督賞(シドニー・ルメット)
主演男優賞(アルバート・フィニー)
撮影賞(ジェフリー・アンスワース)
編集賞(アン・V・コーテス)
美術賞(トニー・ウォルトン)
衣装デザイン賞(トニー・ウォルトン)
4.作品の見どころ・考察
オールスターキャスト
本作の魅力はなんといっても銀幕のスターたちが勢ぞろいした豪華なキャストだ。
アンソニー・パーキンス、ジョン・ギールグッド、ショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、ウェンディ・ヒラー、ローレン・バコール、イングリッド・バーグマン、マイケル・ヨーク、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエール・カッセルなど錚々たる顔ぶれだ。オスカー受賞者、ハリウッド黄金期の世界的スター、演劇界の大御所などなど、このメンバーのギャラだけで一体何本の映画が作れるんだと卑しい考えが浮かんでしまうほどのラインナップだ。
オープニングではキャストの名前が順番にひとりずつ流れる演出になっており、全員が主役級であることを強調されている。
再現度の高いポアロ
ただのオールスターキャスト映画ではなく、実力者揃いのため演技でも魅せてくれる。
中でもアルバート・フィニーが演じるポアロはハマり役で原作のポアロそのままだ。数々の役者がポアロを演じてきたが、その中でもトップクラスの再現度ではないだろうか。非常に凝った役作りが好評を得た一方で、あまりの変貌ぶりに観客が素顔を忘れたというエピソードも面白い。
イングリッド・バーグマンへの敬意
スウェーデン人宣教師役のイングリッド・バーグマンの演技も素晴らしい。
バーグマンは5か国語を操る才女だが、本作では強い訛りのある英語を話す異邦人になりきっている。神経質そうで、不安そうな表情を見せながらたどたどしく話す姿はベテランならでは。
当初は重要な役柄のドラゴミノフ公爵夫人を打診したが、バーグマン本人が端役である宣教師に興味を示したためこのような配役になったという。バーグマン自身がスウェーデン出身ということもあり思い入れもあったとされるが、大女優を端役で終わらせるのは申し訳ないとし、ポアロから尋問を受けるシーンをワンテイクで5分以上も喋らせ続けるシーンを設けた。
画面にはバーグマンのみで画角もクローズアップという破格の待遇で、彼女もそれに応えて見事な演技をみせ、本作のハイライトの1つになっている。これは長年の功績や不遇な時代を乗り越えたことへの敬意以外の何物でもなく、思わず胸が熱くなる。
ロベルト・ロッセリーニ監督とのW不倫と大バッシング、ハリウッドを離れるもロッセリーニとの離婚、再びハリウッドへ出戻りするなど様々な苦労を経験したからこそ演じられた役柄で、ある種バーグマンの人生が投影されているかのようにも思えた。
舞台風演出
本作は舞台を彷彿とさせる演出を多く採用しているのも特徴的だ。
ポアロが順番に尋問するシーンでは基本的に2人のクローズアップになり、各役者の独断場として見せ場が用意されている。
また、撮影、衣装、列車内の装飾、小道具までも舞台を思わせるものになっており画面の隅々まで楽しみがある。その全てが英国らしさにあふれ、お洒落でノスタルジーを感じられる点も注目したい。
カーテンコールを意識したラスト
事件解決後に全員でワイングラスで一人ずつフレームアウトしていくというエンディングを採用しているが、舞台のカーテンコールをイメージしたといい、制作陣も強く意識していたことが伺える。
殺人事件には不釣り合いな個性的な演出と思えるが、作品の優雅な雰囲気にマッチしており余韻を味わえる。あえて舞台風の演出を採用することで、作品の清涼感をもたらし、上質なサスペンスに仕上げた監督・脚色の手腕は見事だ。
5.個人的にマイナスだった点
分かりにくい関係性
登場人物が多く、公爵・伯爵・大佐など聞きなじみのないワードも多いため、人物の相関図や関係性が複雑だ。各人物の尋問に時間をかけ丁寧に整理していくが、初見では理解するのに時間がかかってしまうだろう。
私は原作を読破しているため知識がある上で鑑賞したが、原作に触れてない方はネックになってしまうと思われる。
6.総評
オールスター映画ではあるが、演技・演出・撮影・美術なども高水準で見所が非常に多い。舞台風の演出が功を奏しているが、映画的演出も惹かれる部分も多い。事件の引き金になったアームストロング家の事件を見せる際に、モノクロのモンタージュ映像とざらついた画質で、実際の報道やモキュメンタリーを思わせる演出をするなど映像表現ならではの演出を見せる。
証拠やトリック、走り続ける列車との対比なども絶妙で、舞台と映画のお互いの良さを引き出し合っているようだった。ディテールがかなり作りこまれているため、観るたびに新しい発見があり、大人っぽい遊び心を味わえる作品だ。
7.こぼれ話
- アームストロング家の事件は実際の事件がモデルになっている。
- オリエント急行は、1988年に「オリエント・エクスプレス’88」として2か月間のみ日本で運行されていた。