ゆうの孤独のシアター

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『オリエント急行殺人事件』(2017)古典的名作に新しい息吹を吹き込んだ良作

アガサ・クリスティの同名推理小説を、豪華キャストで43年ぶりに映画化した『オリエント急行殺人事件』の解説・考察をしていく。

 

 

1974年の作品はこちらから。

yuustheater.hatenablog.com

 

 

 

1.作品概要

監督:ケネス・ブラナー

脚本:マイケル・グリーン

製作:リドリー・スコット、マーク・ゴードン、サイモン・キンバーグ、ケネス・ブラナー、ジュディ・ホフライト、マイケル・シェイファー

製作国:アメリカ

配給:20世紀フォックス

時間:114分

公開:2017年11月10日

出演:ケネス・ブラナー、ペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー、ジュディ・デンチ、ジョニー・デップほか


2.あらすじ

トルコ発フランス行きの寝台列車オリエント急行で、富豪ラチェットが刺殺された。教授、執事、伯爵、伯爵夫人、秘書、家庭教師、宣教師、未亡人、セールスマン、メイド、医者、公爵夫人という目的地以外は共通点のない乗客たちと車掌をあわせた13人が、殺人事件の容疑者となってしまう。そして、この列車に乗り合わせていた世界一の探偵エルキュール・ポアロは、列車内という動く密室で起こった事件の解決に挑む。(映画.comより引用)


3.主な受賞・選出

  • 第23回 放送映画批評家協会賞 美術賞ノミネート


4.作品の見どころ・考察

新たな設定

本作では原作や1974年の映画にはない、新たな設定や背景が描かれる。

 

まず、ポアロがカトリーヌという女性の写真を大切にしており、原作では特別な関係の女性は登場しないため非常に新鮮だった。監督は次作で関係性を明らかにするとしているため、次作の『ナイル殺人事件』ではその点も注目したい。

 

また、今回の事件の元凶となる「アームストロング家事件」の犯人探しの依頼を、実はポアロが受けていたという新設定も面白い。手紙が届いたころにはアームストロングは既に自ら命を絶っており、アームストロングを救えなかったことや、犯人を突き詰めていれば今回の悲劇は起きなかったかもしれないという後悔や無念さが、ラストに繋がると考えると上手く機能している。

飽きさせないカメラワーク

序盤から個性的なカメラワークが多く登場し、そのバリエーションの多さに最後まで飽きない。


まず、ポアロが列車に乗り込むシーン。ポアロを追っていくまでは普通だが乗り込んだ後は車内のポアロをカメラは車外にいたまま来た道をバックする形で追い続ける。駅についてから長回しで捉えているこの映像だけでも、本作が映像にオリジナリティを持たせている作品だと思わされる。

 

他にも、斜めショット、小津安二郎作品のような真正面からのショット、ハードマン教授が嘘をついてるときの鏡の反射ショット、ゆっくりと歩くポアロの視線のカメラなど随所で見受けられる。

 

特に、客室内のシーンを俯瞰で映す場面が多く、視覚的効果はもちろん、次項の”神”や”罪と罰”を意識させるには十分で印象的な演出だった。

”神”、そして最後の晩餐

冒頭、エルサレムにある「嘆きの壁」の前で3人の聖職者を並べて自らの推理を展開し解決に導くポアロは人間を裁く”神”を思わせ、ポアロ自身も自分の推理には絶対になものとして信じている。

 

だが、本作では先述の「アームストロング家事件」で犯人を追えなかったことから、その自信が大きく揺らいでしまう。卑劣な誘拐殺人犯を裁けなかったにも関わらず、その犯人のせいで人生を狂わされた13人の罪を告発できる矛盾。

 

「果たしてこの13人を自分は罪に問えるのか」「裁く権利があるのだろうか」「”神”だった自分が犯罪者たちに加担することになっても許されるのか」

と、様々な葛藤が往来し、ラストに繋がる。

 

そしてラストでは、トンネル内で乗客らが横一列でポアロを迎える。この構図は、レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作『最後の晩餐』を模しているのは言うまでもない。キリストの弟子12人と実行犯12人の相似、裁きを受けるものと未来に導かれし者たち、”神”による裁き...

 

様々な解釈ができるラストにより、誰もが知ってる名作に新たな息吹を吹き込まれた瞬間を見た気がした。

5.個人的にマイナスだった点

中途半端なハードボイルド

本作では従来のポアロ作品では見られないような硬派な描写が多く見られる。

例えばマックィーンを尋問する際に、声を上げながらテーブルを叩きつきるなど感情的に問い詰め、アーバスノット医師には挑発的な言動をするなど原作のイメージとは異なる場面が多い。

 

また、終盤には橋の上や列車内での攻防が展開されるが、大きな盛り上がりを見せるわけでもなくあっさりと終了する。これらは、劇映画としての娯楽性を求めたものだろうが”取って付けた感”が強く、中途半端な印象は否めない。

エモいを意識したかのような映像

豪華列車が舞台ということで、目を奪われるような料理の数々や風光明媚な景色も多く登場するが、その映し方がSNSなどを意識したいわゆる「エモい」「映える」映像になっており、あまりの露骨さに思わず苦笑してしまう。

 

そのわりに列車や雪崩のシーンはハリウッド大作とは思えないチープなCGになっており、列車がアップで映るたびに一気にB級映画になってしまうのでそちらに力を注いでほしい。

過剰な音楽

こちらも昨今のハリウッド映画にありがちだが、扇情的な音楽で観客の感情を誘導するかのような場面が多く食傷気味になってしまう。序盤から音楽が過剰なため、終盤ではウルサイとさえ感じてしまうのは逆効果だ。


6.総評

年齢設定が全体的に原作より若めになっていたり、時代性を汲んでか白人の大佐が黒人の医師に変更されていたりと多少の差異はあるものの、大きな変更点もなく基本的には原作に忠実なので安心して観ていられる。

 

だが、作品の根幹を揺るがさずに上記のようにオリジナリティーを加えるなど、脚色が非常に上手な印象を受けた。再び動き出した列車の先には朝日が輝き、ポアロは列車とは逆に歩みを進める。まるで、両者の未来を暗示しているかのようなラストに鑑賞後も大きな余韻が生まれた。


7.こぼれ話

  • ブラナー監督作品としては20年ぶりに65mmフィルム撮影、70mmプリントでの公開となった。