ゆうの孤独のシアター

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『太陽を盗んだ男』 爆発的なエネルギーを秘めた邦画史上屈指の力作

公開当時から数々の映画賞に輝きながら、カルト映画的位置づけで視聴が困難な時期もあったが、近年では再評価が進み『キネマ旬報』2018年8月上旬号「1970年代日本映画ベストテン」では第1位に選ばれた名作『太陽を盗んだ男』の解説・考察をしていく。

 



 

 

1.作品概要

監督:長谷川和彦

脚本:長谷川和彦、レナード・シュナイダー

製作:山本又一朗

製作国:日本

製作会社:キティ・フィルム

配給:東宝

時間:147分

公開:1979年10月6日

出演:沢田研二、菅原文太、池上季実子、伊藤雄之助など

 

2.あらすじ

中学校の冴えない理科教師・城戸は、原子力発電所に侵入してプルトニウムを盗み出し、自宅アパートで苦労の末に原子爆弾の製造に成功。警察に脅迫電話を掛けると、以前バスジャック事件に遭遇した際に知り合った山下警部を交渉相手に指名する。明確な目的も思想も持たない城戸は、テレビの野球中継を試合終了まで放送させるよう要求したり、ラジオ番組を通して次の要求を募集したりと、行き当たりばったりの犯行を続けるが……。(映画.comより引用)

3.主な受賞・選出

  • 1979年度キネマ旬報 日本映画ベストテン第2位。同読者選出日本映画ベストテン第1位
  • 1979年度毎日映画コンクール監督賞
  • 1979年度報知映画賞 作品賞、主演男優賞(沢田研二)
  • 映画芸術誌ベストテン第3位
  • 第1回ヨコハマ映画祭 作品賞、監督賞
  • 第3回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞(菅原文太)
  • 2009年度キネマ旬報 オールタイムベスト映画遺産200(日本映画篇)
    日本映画史上ベストテン第7位
  • 2018年キネマ旬報8月上旬号
    1970年代日本映画ベストテン第1位
  • 2020年 英国映画協会選出
    1925~2019年の優れた日本映画95本

4.本作の見どころ・考察

徹底した荒唐無稽ぶり

「さえない中学校教師の城戸(沢田)が原発に忍び込みプルトニウムを盗み出し、アパートの自室で原爆を完成させて、政府を脅していく」という大筋から分かるように本作は終始、荒唐無稽な内容が展開される。

細かい矛盾や整合性は無視した展開が続くため評価は分かれるポイントだが、長谷川監督は「どうせ嘘なんだから」と笑い飛ばす。映画はフィクション・作り物であると割り切り、娯楽映画としての面白さを追求した潔さが本作の魅力であり、痛快さを感じられる。

 

逮捕者も出した常識外れな撮影の数々

本作は、ゲリラ撮影を何度も行い、最終的に多数の逮捕者を出したことで有名だ。

皇居前や国会議事堂内、首都高でのカーチェイスなど到底撮影許可が下りそうになかったため逮捕されることを覚悟の上でぶっつけ本番でカメラを回したというから驚きだ。


国会議事堂では隠し撮り、首都高では4台の車でのろのろ運転をして大渋滞を起こしてその隙に撮影するなど常識外れな撮影の数々は伝説となっている。また、ヘリからダイブするシーンでは2~3メートルの高さの予定が手違いで10~15メートルになり、こちらも伝説的なシーンとなり本作のハイライトの1つとなった(映像を見たスタントマンはあまりの高さに、よく生きてたなと血の気が引いたとされる)。


こうして出来上がった映像は様々な意味でスリリングなものとなっており、(当然だが)従来の日本映画では見ることができなかった斬新なものになった。

 

目的のない犯行

前述の通り主人公・城戸は原爆を自作するが、全く目的がないのが面白い。

目的や政治的思想が無いため大金や同志の解放を求めず、国家転覆を目論むことも無く、最初の要求に「プロ野球のナイター中継を試合終了まで放送しろ」という非常にスケールの小さいものを選択する。その要求が通ると次の要求に困り、ラジオで相談をして視聴者を味方につけていく。このあたりの流れは、本作の肝のようにも感じられた。

抑圧された感情や鬱憤を爆発させるかのようにガイガーカウンターをマイクに見立て歌ったり、警察との攻防をまるで楽しむかのような様子を見せることからも、「明確な目的はないが何か大きなことをしたい」「退屈な日常から脱却し非日常の世界で生きたい」といった側面が強いように思える。

完成した原爆を抱きかかえながら「なにがしたいんだ?」と問いかける台詞はこれらの事を端的に表現しており、城戸の行動心理を上手く表現している。また、後の劇場型犯罪や現代の過度な承認欲求にも通じる部分も多いことが深層心理で共感でき、時代を超えて受け入れられているのではないかと感じた。

 

被害者でもあり加害者

日本は唯一の被爆国として原爆や放射線汚染被害などを描いた作品が数多くあるが、本作も例外ではなく、原爆の制作過程で被爆して脱毛・出血・吐き気など徐々に蝕まれていく様子を克明に描く。

これには、長谷川監督が広島県出身、そして胎内被爆者ということが大きく関係しているが、原爆というテーマが持つ「陰のエネルギー」を「陽のエネルギー」に変えた作品を目指したという。それにより、シリアスで重苦しい作品がほとんどだった従来とは異なり、活劇のようなエネルギッシュさが前面にあふれ、唯一無二の作風に仕上がった。

また、被害者として作品を描くことがほとんどの中、原爆を武器に政府を脅す=加害者として描いたことは、ある意味ではタブーを犯したとも言え、そのアナーキーな設定は本作の最大の特徴と言っても過言ではない。

太陽とは

タイトルにもある「太陽」が原爆を表しているのは明白だが、長谷川監督は「原爆を太陽と見立てるとしたときに、イカロスが頭によぎった」と語っている。

イカロスとはギリシア神話に登場し、蝋で翼を作り空を飛んでいたが太陽に近づきすぎた為に蝋が溶けて墜落したという伝説を持つ人物だ。また、イカロスの神話にはテクノロジーや人間の傲慢さへの批判も含んでいるという。

ここで言うテクノロジーとはもちろん原爆、人間の傲慢さとは原爆を作るに至った人類そのものを指しているように感じ、「原爆という太陽に近づきすぎた城戸の破滅」という意味だけではなく、何重にもなった隠喩を瞬時に引き出せる長谷川監督の含蓄の深さにただただ感服するばかりだった。

 

5.個人的にマイナスだった点

ゼロの存在

池上季実子演じる沢井零子、愛称ゼロはラジオDJとして城戸と接するうちに惹かれていき行動を共にするが、取ってつけたかのような安っぽさを感じてしまった。また、菅原文太演じる山下警部と屋上で話した際に、山下警部がゼロの肩を抱き、大人の関係を匂わせるシーンも不要だろう。

このシーンは長谷川監督自身も「両方を客観視できる存在を描きたかったが中途半端になってしまった」と発言をしており、「おれは女を描けない」と苦笑していたことからも、失敗だったのではないかと思われる。


5億円の要求

原爆製造のため借金をしたサラ金の取り立てを迫られたため政府に「現金5億円」を要求するが、これも普遍的すぎる展開で本作が持つ独創性が失われてしまう。現金を屋上からばら撒かせ混乱に乗じて逃走を図るという展開は、無計画な城戸の最期らしい詭弁に満ちた手口で嫌いではないが、安直だったと思ってしまった。

また、西田敏行演じる取り立て役はコメディリリーフのような存在で城戸との掛け合いは面白いのだが、作品自体がブラックジョークなため無理に入れる必要もなかったのでは。

 

6.総評

本作は原爆というセンシティブな題材を主題にしながらも、あえてブラックな笑いに徹したことが功を奏したと思われる。だが決して原爆を映画としての道具とせずに、放射能物質の恐ろしさや向き合い方を考えさせる構成になっている点も素晴らしい。

そして何より、映画自体が持つ目に見えないパワーが凄まじく、内から湧き出てくるエネルギーに圧倒される。作品に対する熱意、情熱、信念などに起因するのだろうが、それらがもはや執念のような感情の渦になって、映像を越して向かってくるのが感じられる。現在の映像技術と比較すると古い部分もあるが、活気があった日本のエネルギーをそのまま反映したかのような力強さは、昨今の綺麗にまとまった日本映画にはなく、正に時代が生んだ名作だ。

 

監督や役者、裏方などの映画人のみならず、ミュージシャン、作家、漫画家、評論家、芸能人、テレビディレクターなど数多くの著名人が本作を好きな映画と公言しており、本作が後世に与えた影響は計り知れない。

7.こぼれ話

  • プルトニウムを盗むシーンの撮影は東海村原子力発電所で行う予定だった(当然許可が下りず断念)。
  • ローリング・ストーンズを実際に呼んで、武道館でライブをさせる計画だった。
  • 皇居前のゲリラ撮影では逮捕されるかもしれないことを伝えた上で志願者を募ると全員が手を挙げた。逮捕されるぞと念を押すが、「捕まって寝食にありつけたほうが楽」と返答されるほど過酷な撮影だった。池上季実子は「本当に死ぬかと思った」と語っており、数々の撮影を経験していた菅原文太も「こんな撮影は当分いいかな」と漏らしたという。
  • 若き日の相米慎二監督、黒沢清監督が撮影に参加している。黒沢清はまだ学生でクレジットも一番下の下っ端だったが、過酷な撮影でスタッフがどんどん減っていき最終的にB班のプロデューサーにまでなった。そのおかげで、東急のお金ばら撒き撮影で責任者として実際に警察に連行されてしまった。
  • 総フィルムは19万フィート(約35時間分)で、一般的な日本映画の3~4倍。