ゆうの孤独のシアター

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『VHSテープを巻き戻せ!』なぜ今VHSなのか?そこには彼らの人生があった

いまでは絶滅寸前のVHSにフォーカスをあてVHSの歴史を紐解くとともに、マニアたちのVHSへの想いを描いていくドキュメンタリー。

着眼点が光る『VHSテープを巻き戻せ!』の解説・考察をしていく。

 



 

1.作品概要

監督:ジョシュ・ジョンソン

脚本:ジョシュ・ジョンソン

製作:キャロリー・ミッチェル

製作国:アメリカ

製作会社:Imperial Poly Farm Productions

配給:アップリンク

時間:91分

公開:2013年3月11日

出演:アトム・エゴヤン、ジェイソン・アイズナー、フランク・ヘネンロッター、押井守ほか


2.あらすじ

家庭で映画やドラマを鑑賞するホームビデオ文化が広がり、クリエイターはローコストで映像制作が可能になりチャンスが到来するなど、現在のメディア消費文化の礎を築き、世界を変えたVHS。ベータマックスとの家庭用VTR規格での熾烈な争いなども含め、隆盛を極めた1980年代から、やがて衰退していくまでのVHSの歴史を、ロイド・カウフマンやアトム・エゴヤン、ジェイソン・アイズナーらフィルムメーカーのインタビューも交えながら紐解いていくドキュメンタリー。(映画.comより引用)

 


3.主な受賞・選出


4.作品の見どころ・考察

ユニークな着眼点

本作では絶滅寸前のVHSにフォーカスを当てているが、これ自体が非常に珍しく、他に類を見ない。また、映像関係者とVHSマニアの双方の視点から描くため、制作側と映画ファンにどのような影響をもたらしたかを知れる、一種の記録映画のような性質を持っていて面白い。

 

ビデオ戦争

まず、当時VHSと同時期に販売されていたベータマックスとの覇権争い、いわゆる”ビデオ戦争”について触れられる。当初は、画質の良さと予約録画ができる点が支持を得てベータが一時的にシェア率トップになるが、VHSは録画時間が長いことや生産コストが比較的低いことなど、メーカー・ユーザーともにメリットが多かったためわずか2年ほどでVHSのシェア率が上回ったこと解説される。

 

このあたりの流れは当時を知る方からすると今更感があるかもしれないが、当時を知らない世代には興味深い内容ではないだろうか。私も小学校中学年ごろまではVHSを使っていた記憶があるが発売当初は生まれていないため、初めて知ることが多く、新鮮味すら感じられた。

 

20世紀フォックスの参入

映画館の興行収入が減少するため各配給会社は見向きもしないなか、20世紀フォックスがVHSのレンタルに乗り出したことが転機になった。20世紀フォックスも安全策として過去の旧作のみを扱ったがこれが圧倒的な支持を集め、VHSが完全に覇権を握る。

 

かなりリスキーな選択ではあったものの、結果的に莫大な収益を生み、映画界の新たなビジネスモデルを確立した先見の明には驚かされる。

 

VHSの恩恵

まず、アマチュアや学生の映画製作者たちが大きな恩恵を受けた。
劇場で見逃した作品を見たり、好きな作品を何度も見返すことが可能になったのはもちろん、巻き戻し・停止・早送りなどの機能により、演出や編集などの映画技法を独学で、しかも安価で学ぶことができるようになったのだ。

 

これにより自主制作映画や学生映画が飛躍的に進歩を遂げ、多種多様な作品が数多く世に送り出されるようになった。また、自主製作映画の映画祭が開催されたり、プロの監督を排出したりと間口が広がったことも大きい。

 

また、プロの製作者たちも例外ではない。
数年経ち機材が安価になったことでインデペンデントの映画会社が参入したり、大手では東映がビデオ専門の映画(Ⅴシネマなど)を製作するなど、低予算で大量の作品を制作し続け利益を上げることが可能になったのだ。

 

さらにこの頃には、レンタルやビデオ映画が映画館での新作上映と並ぶ収入源となっていたため、映画が成立して以降の常識だった「映画は映画館で観る」という構図も変化しており、録画媒体だけでなく映画産業の在り方をも変化させた革命と言っても過言ではないだろう。

 

物理メディアの今後

コレクションする理由が十人十色なのに対し、

 

「記録媒体の物理メディアは今後、確実に消滅する」

 

という予想が一致していた点が最も印象的だった。
長らく覇権を握っていたVHSはその後、DVD・Blu-rayに世代交代し役目を終え、そのDVD・Blu-rayも配信メディアやデータ媒体に取って代わりかけている。こうした技術進歩による時代の流れを否定することなく、「幅を取り、画質も悪く、勝る点は一つもない」とVHSを冷静に分析する。

 

コレクターやマニア特有の妄信的な目線にならずに、欠点も自嘲気味に語る彼らには好感が持てた。

 

何故、VHSに固執するのか?

「勝る点が一つもない」

彼らは口を揃えて言うが、何故そこまでVHSに固執するのか。
DVDや配信化されていない作品を収集するため、独特のデザインのジャケットのため、VHSを後世に残すための使命感など様々な理由があるが、「経験や思い出を回顧するため」というのが一番多く、おそらくVHSコレクターのほぼ全員は根底にこの意識があるのではないだろうか。

 

「テープが擦り切れるほど見た」「画質が悪すぎて何が映ってるかよく分からない」「録画に失敗した、裏番組が録画されていた」「レンタルしたら巻き戻しされていなかった」などなど、これはDVDやデータメディアでは絶対に味わえない笑い話で、その郷愁をコレクションしたくなる気持ちは分かる。


5.個人的にマイナスだった点

いまでもVHSで映画を撮影しているオジさん

中盤、ビデオテープを使って長年映画を撮影し続けている男性が登場するが、撮影当時50代半ばなので30年ほどVHS撮影にこだわり「好きなものは追い続けろ」と熱いメッセージを送るのだが、これは完全に蛇足だろう。

 

押井守の声量

当時の思い出を語るクリエイターとして押井守監督も出演しているが、ほとんど何を言ってるか聞こえない。ボソボソと語る姿はオタクっぽいといえばオタクっぽいのだが、もう少し声を出してくれ。

 

6.総評

DVDや配信などでも見ることは出来るが、思い出を回顧できるのはVHSならではの特徴であるのは大いに共感ができる。当時の出来事や感情、生活を瞬時に思い出させる不思議な魔力が、独特のざらついた画面には確かに存在する。その魔力を追い求めてコレクションする彼らだが、どれ一つとして同じコレクションはなく、棚にはその人の人生が詰まっているようだった。

 

また、VHSの飾り方・保管方法も監督ごとに分類する人もいれば、年代ごと、ジャケットの色ごとなど、個性豊かでアート性としての価値を見出している点も面白い。

 

VHSテープの歴史を紐解くと同時に、コレクターらの人生や過去を『巻き戻して』思いを馳せる、タイトルの粋なミーニングに感服しながら、VHS時代の不便さの魅力も再確認できる素敵なアプローチの作品だった。

 

そして、本作がDVD化されておらず配信でしか観ることができず彼らの”予言”が的中したのも何とも皮肉で、映画界が今後どのように進んでいくかも注目したくなった。


7.こぼれ話

  • 映画界以外ではポルノ業界が好影響を受け、メジャー配給会社の売り上げをも凌ぐ作品も少なくなかったとされる。
  • 「画面に筋やノイズが入るシーンは何度も巻き戻してみた証拠」とされ、その多くはグロテスクなシーンかヌードシーンだという。
  • ポルノであることがばれないように冒頭の数分に何の変哲のないホームビデオを入れるなど、VHSだからこその思い出や笑い話として今も心に残り続けているのが印象的だった。