1974年に起こった実話を基に制作された本作は、製作にアルフォンソ・キュアロン、製作総指揮にレオナルド・ディカプリオ、主演にショーン・ペンという監督デビュー作とは思えないほどの豪華な布陣で挑んでいる。
身近で起こりうる恐怖『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』の解説・考察をしていく。
1.作品概要
監督:ニルス・ミュラー
脚本:ケヴィン・ケネディ、ニルス・ミュラー
製作:アルフォンソ・キュアロン、ホルヘ・ベルガラ
製作国:アメリカ
配給:ティンクフィルム
時間:95分
公開:2004年12月29日
出演:ショーン・ペン、ナオミ・ワッツ、ドン・チードル、ジャック・トンプソンほか
2.あらすじ
オフィス機器のセールスマンである40代のサムは、売り上げが伸びず、妻にも家出されて、苦悩する日々を過ごす中で、ウォーターゲート事件の報道に接して、ニクソン大統領の暗殺を考えるようになる。(映画.comより引用)
3.主な受賞・選出
- 第57回カンヌ国際映画祭 ある視点部門出品
4.作品の見どころ・考察
主人公サムの性格の異常性
主人公のサムは良く言えば真面目で実直だが、その実は融通が利かず思い込みが激しく、自分の意見が正しいと信じて曲げない非常に厄介な性格をしており、環境に溶け込めず周囲からは浮いた存在になっている。
嘘がつけない、つくことを絶対悪と考えているため、客に対して原価率や仕入れ値を考えずに値下げをし、言われるがまま商談をしてしまう。自身の会社を立ち上げるために融資の面接を受けるが「彼らは嘘をつくことを求めた」「一番儲けた人は一番の嘘つき」などと資本主義社会そのものを否定した発言をし、担当者を失笑させる。
何故彼が嘘をつくことに対してここまで拒絶反応を示すかは詳しくは明かされないが、嘘についての執着ぶりは異常と言わざるを得ない。
ニクソン大統領への一方的な感情
妻は愛想を尽かして出ていき、会社では上司や同僚は嘘の権化と見下し、次第に孤立していく。そのため、彼にとってはテレビの世界が全てだったが、絶対的だと信じていたニクソン大統領が公約を何度も反故にすることに対して、大統領も嘘をついていると次第に怒りと憎しみを覚え、自身の不遇な現状を含めて全ての元凶はニクソンにあると思い込んでしまう。
原因が自分自身にあることに気がつかずに、彼の頭の中だけで絶対的存在に仕立てたニクソン大統領を逆恨みで狙おうとする短絡的な思考に空恐ろしさを感じる。
ブラックパンサー党への支援
テレビで見たブラックパンサー党(1960年代後半から1970年代に活動していた黒人解放・黒人民族主義運動を掲げていた組織)に感化され、白人であるにも関わらず支援金を渡しに行く。だが当然党員のほうが困惑しており、関わってはいけない人として受け流すような対応をしているが、その様子に全く気が付かず一方的に自分本位の話を延々としてしまう。
彼の元妻に対しても犯罪スレスレのストーカーまがいの行動を取るも、なぜ邪険に扱われるか理解できない様子で、彼の理解能力や状況判断能力の低さが顕著に描かれる。
政治的思想があるわけではなく政治・経済への知識も乏しいが、テレビで見て感化されたという理由だけで組織の実態も考慮せずに行動する短絡さ強調され、劇中で一番恐ろしく感じたシーンだった。
深まる孤独
自身の会社の融資は下りず、ブラックパンサー党は数々の過激な活動を問題視されて解散させられ、元妻と娘たちも別の男性と新たな生活をスタートさせ、彼だけがさらに孤立を深めていく。
そんな中、共同経営者として話に乗っていた唯一の友人ボニーは地道に仕事を継続することを説得する。黒人であるボニーはこれまでの人生で人種差別を受け、サム以上に過酷な環境を耐えてきたことが容易に想像でき、そんなボニーの言葉には重みがあり、空論を語るサムとの痛烈な対比になっている。
だがサムは「唯一の友人からも見放された」と捉え、彼の怒りの矛先はニクソン大統領及び合衆国政府そのものに本格的に向けられる。「政府は倒すべき存在である」と極左的な危険な思考に傾いていき、何故そのような極端な思考に至ったかが到底理解しがたいが、政治的思想や知識がないからこそテレビを含むメディアの扇動報道を全て鵜呑みにしてしまったと考えると、本作の肝がそこに存在するとも言える。
凶行と報道
最終的に、旅客機をハイジャックしてホワイトハウスに墜落させようとするが、粗末すぎる計画が故に飛び立つこともなく、彼も射殺される。最後まで計画性のなさや考えの甘さが目立った。
事件はニュースで報道されるが、元妻やボニーですらテレビの報道に気が付くことすらなく忙しく日常を送っている。死してなお誰からも見向きもされない残酷な現実だけが、胸を強く打つ。
5.個人的にマイナスだった点
ショーン・ペンの演技力
もちろん悪い意味ではなく良い意味でだ。
どういうことかというと、演技力が高すぎるがゆえにサムという男の言動に本気で苛立ってしまうのだ。
そのため、映画が進むにつれてどんどんと息苦しくなり、鑑賞後にドッと疲れてしまうため、人によっては重過ぎると感じてしまうだろう。
ピアニストへの手紙
犯行に至った経緯や動機を著名なピアニストに手紙で送り、事件後に発覚するという構成を取っているが、いまいち必然性を感じられなかった。
何かの比喩表現だろうか...
6.総評
小心者の一般市民がふとしたきっかけで凶行に至るという構図は国や時代を超えて幾度となく起きていることからも、映画の中の虚構ではなく身近で起こりうる。それを強く意識させるような脚本や演出が巧妙だった。
構成や人物像は『タクシー・ドライバー』『キング・オブ・コメディ』などを彷彿とさせるが、より現実的な印象を受けた。
また、基となった事件を検索しても詳細な記事がほとんど出てこないことが本作をより現実的なものとしていると同時に、未遂だが大統領暗殺を実行するという永遠に歴史に名前を残すような大犯罪をしているにも関わらず、時代に埋もれている事実に言葉に出来ないような恐ろしさを感じ、アメリカという大国が抱える闇が垣間見えた。
7.こぼれ話
- 新人監督にしては豪華な顔ぶれだが彼らはハリウッドでも有名なリベラル派。
- 監督はこの事件を知る前に偶然同じような主人公の脚本を書いており、ニクソン大統領ではなくジョンソン大統領をターゲットに構想していたという。
- テレビの影響力が完全に認知された64年の大統領選挙から選挙の本質が失われつつあり大きな分岐点と考えたため、リサーチをするうちに事件の犯人であるサムの存在にたどり着き、74年に設定を変更した。