南アフリカ出身の新鋭ニール・ブロムカンプ監督が、05年製作の自作短編「Alive in Joburg」を長編として作り直したSFアクションドラマ。製作は「ロード・オブ・ザ・リング」のピーター・ジャクソン。
鋭い風刺にあふれる『第9地区』の解説・考察をしていく。
1.作品概要
監督:ニール・ブロムカンプ
脚本:ニール・ブロムカンプ、テリー・タッチェル
製作:ピーター・ジャクソン、キャロリン・カニンガム
製作国:アメリカ、南アフリカ共和国、ニュージーランド
配給:ワーナーブラザーズ
時間:111分
公開:2009年8月13日
出演:シャールト・コプリー、デヴィッド・ジェームズ、ジェイソン・コープ、ヴァネッサ・ハイウッドほか
2.あらすじ
1982年、南アフリカ上空に突如UFOが飛来。政府は不気味な容姿をした異星人を難民として受け入れるが、やがて彼らの特別居住区「第9地区」はスラムと化す。2010年、難民のさらなる人口増加を懸念した超国家機関MNUは難民を「第10地区」に移動させる計画を立てる。(映画.comより引用)
3.主な受賞・選出
- 第82回アカデミー賞
<ノミネート>
作品賞、脚色賞、視覚効果賞、編集賞 - 第67回ゴールデングローブ賞 脚本賞ノミネート
- 第35回LA批評家協会賞 美術賞受賞
- 第63回英国アカデミー賞
<ノミネート>
監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、音響賞、特殊視覚効果賞、プロダクション・デザイン賞
ほか30以上の賞を受賞・ノミネート
4.作品の見どころ・考察
社会風刺性の強い設定
本作はエイリアンを難民として隔離地区で保護(という名の監視)をするも、次第にエビという蔑称で呼称し、激しく反発し合うようになるという導入を用いている。
この設定は、監督の出身地の南アフリカ共和国でかつて行われていたアパルトヘイト政策が色濃く反映されていることは言うまでもない。
だが、監督自身が「本作は政治的作品ではない」と断言していることからも伺えるように、あくまで味付け程度の設定ではあるが中々スパイスが効いている。
皮肉が効いた笑い
設定自体が皮肉の効いたものだが、劇中でも現実を皮肉る場面が多くクスッとできる。
特に、エイリアンの居住地立ち退きに人権団体の人々らが必死に抗議するシーンや、言語が通じないのに何とか文書にサインを貰おうとするシーンなどは傑作だ。
また、エイリアンらが人類の何十倍もの高度な技術を要しているのは明白だが、行動や知能レベルは到底釣り合うものではなく、恐らく彼らはエイリアンのヒエラルキーの中でも下層にいることが推測でき、その事も風刺の一部になっていて面白い。
このように社会や政府に対する風刺や皮肉が全編に散りばめられているが、シニカルになり過ぎることがなく小気味よく展開されるため嫌味がなくバランス感覚も優れている。
構成の妙
序盤はドキュメンタリータッチで展開され、途中から主人公ビッカスの主観映像が中心となるも次第に通常の劇映画同様に第三者目線の演出に切り替わり、映画のラストでドキュメンタリータッチに戻り冒頭のインタビューに繋がる。
一見すると一貫性のない演出に思えるが、転換が非常にスムーズなため違和感はなく、デビュー作にしては凝った演出力のある監督という印象を受けた。
5.個人的にマイナスだった点
理解に苦しむ人物描写
主人公のヴィカスだが、お調子者で後先を考えないタイプ、それでいながら小心者という性格であると見て取れるが、この設定である必要性を感じられなかった。
不注意とも言えない感染から始まり、変化した後も痛覚は繋がっていると知りながら腕を落とそうとして未遂に終わったり、協力者のクリストファーに逆上し元に戻るチャンスを自ら無にしたり、明らかに罠と分かるような場面で易々と逆探知されたりなど枚挙にいとまがない。
物語上必要ではあるのは承知しているが、あまりに短絡的かつ感情的な言動が多く、終始理解に苦しむ場面が多かった。
また、政府が意図的に流布させた「エイリアンと異種性交したために感染した」という、到底信じられないような情報をあっさりと信じ込んで切り捨てる彼の妻と父の人間性も疑問符がつく。
メディアや政府の発表を鵜呑みにして踊らされることに対しての皮肉とも受け取れるが、少々強引でリアリティに欠ける演出に思える。
6.総評
人種問題や社会問題をエイリアンに置き換えたプロットは見事で、演出や構成も面白く、着眼点や独創性に溢れた監督だと感じた。また、ラストで完全にエイリアンと化したヴィクスがクリストファーの帰りを待っているシーンは、彼らエイリアンは人間が作り出したものとも言えるようで、思わずハッとさせられた。
全体を通して観ると粗い部分が多いため、それらが改善され、作品に深みや思みが加わるようになると素晴らしい映画を量産するようになるのではないかと思わせてくれた。
7.こぼれ話
- 主演のシャールト・コプリーは監督の高校時代の友人。