ゆうの孤独のシアター

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『沈黙の艦隊』現代だからこそ響くポリティカルアクション

1988~96年に講談社の週刊漫画誌「モーニング」にて連載された、かわぐちかいじの名作コミック「沈黙の艦隊」を、大沢たかおが主演のほかプロデューサーも務めて初の実写映画化。

核問題に切り込む『沈黙の艦隊』の解説・考察をしていく。

 

 

 

 

1.作品概要

監督:吉野耕平

脚本:高井光

製作:戸石紀子、松橋真三、大沢たかお、千田幸子、浦部宣滋

製作国:日本

配給:東宝

時間:113分

公開:2023年9月29日

出演:大沢たかお、玉木宏、上戸彩、ユースケ・サンタマリア、水川あさみ、中村倫也ほか


2.あらすじ

日本近海で、海上自衛隊の潜水艦がアメリカの原子力潜水艦に衝突して沈没する事故が発生。全乗員76名が死亡したとの報道に衝撃が走るが、実は全員が生存しており、衝突事故は日米が極秘裏に建造した日本初の高性能原子力潜水艦「シーバット」に彼らを乗務させるための偽装工作だった。しかし艦長の海江田四郎はシーバットに核ミサイルを積み、アメリカの指揮下を離れて深海へと消えてしまう。(映画.comより引用)

 

3.主な受賞・選出


4.作品の見どころ・考察

本格的な原子力潜水艦

本作は、日本映画で初めて海上自衛隊潜水艦隊の撮影協力を得ており、実物の海上自衛隊潜水艦が使用されている。リアルな艦体が作品に迫力と臨場感をもたらしており、原作ファンや映画好きのみならず、自衛隊や潜水艦などミリタリー系が好きな方など幅広い層に受け入れられるのではないだろうか。

 

日本は原子力潜水艦を保有していないことから原子力潜水艦を扱った前例がほとんどないため、本作は潜水艦映画の新たな第一歩となりえる作品だ。

 

艦長としての大沢たかお

大沢たかお演じる艦長・海江田四郎の個性が際立っており唯一無二の存在感を放っている。

 

あえて抑揚を抑えたセリフ回し、徹底した合理主義、常に冷静沈着で計算高い部分などは一見すると冷酷無情にも見えるが、それが長年の経験や圧倒的知識に裏打ちされた自信であることは火を見るより明らかであり、彼についていった隊員らの気持ちもよく分かる。

 

戦闘においても相手を翻弄し、軍人としての高い能力も伺え、後ろ手に腕を組んで不動のまま指示を出す姿は絶対的な指揮官であり、艦長そして"国家元首"の名にふさわしい威厳を示している。

 

この役は大沢たかおの演技力や役に対してのアプローチが素晴らしいのはもちろん、原作への愛が海江田四郎として演じ切ることができたのではないかと思う。

 

また、現場でも時には指示を出し、時にはアドバイスをするなど、積極的に引っ張っていく姿が印象的だったとされ、その姿は正しく"艦長"そのものだ。

 

プロデューサーとしての大沢たかお

本作は主演の大沢たかおがプロデューサーも兼任しているが、制作会社のプロデューサー戸石氏が「大沢さんだから映画化の企画を通すことができた」と語るように、新たな才能を発揮している。

 

連載開始当初から原作のファンだったこともあり依頼を快諾し、防衛省や海上自衛隊に自ら連絡し、松橋氏と共に各地に足を運び、原作者かわぐちひろし氏にプレゼンをしたりと奔放したという。

 

そして、「真摯な態度や実直さ、そして何より作品に対する熱意に感動した」と戸石氏やかわぐち氏が語っており、大沢たかおの行動や人柄が映画化や初の潜水艦での撮影に結び付いたとも言える。


海外ではプロデューサーを兼任することは古くからあるが日本ではまだ珍しいため、本作の大沢たかおのような情熱を持って作品をプロデュースできる役者が、今後も多く現れてほしいところだ。

 

日本が誇れる美術セット

制作陣は実際に潜水艦の艦内で取材を行ったが、軍事的機密事項のため当然写真は撮影できず、「似せ過ぎないように」と言われている中で、目で見た実物の潜水艦からイメージを膨らませ、映画的な脚色を加えたという。

 

完成したセットを見た自衛隊員はその精緻さに驚いたことからも、再現性が高いことが伺える。また、海江田が乗る<シーバッド及びやまと>と深町(玉木宏)が乗る<たつなみ>の艦内の装丁は大きな差別化がされており、それはまるで両者の人格や思想を反映しているようで面白い。

 

揺れや傾きを演出するためにセット自体をクレーンで吊るすという大掛かりな撮影も行っており、これが画面にリアリティをもたらしている。さらに、演出やカメラ、ライティングなどにも完璧に配慮されているのが分かり、日本映画の美術セットの技術の高さを味わえる。

 

現代だからこそのテーマ

アメリカ海軍第七艦隊と対峙した海江田は「核の保有が抑止力となり、平和に繋がるとアメリカは言った」と切り出し、「わずか数キロのこの海上に世界の縮図を見せた」と核武装についての問題提起をする。

 

原作は未読のためこれが海江田の真意かは分からないが、国際政治や核問題、特に日本の核武装に切り込んでいった点は他の日本映画と一線を画している。

 

連載当時はソ連の崩壊と冷戦の終結などが物語に影響していたが、30年余り経った現在では中国の台湾侵攻、ロシアとウクライナ間の戦争、最近ではイスラエルとハマスの大規模な衝突が勃発するなど不安定な国際情勢が続き、国際秩序の崩壊への警鐘は現代だからこそより深い意味を成してくるのではないだろうか。

 

5.個人的にマイナスだった点

チープなCG

本作は作品の特性上、CGを使用する場面が多いがかなりチープで、全体的に迫力に乏しい。深海場面や戦闘シーンになると表現力や色彩力がガクッと落ちてしまう。

 

基本的にCGは色味や明るさの情報が多いほど表現力があがるので水中のシーンでは仕方ない部分もあるが、海上のシーンでの第七艦隊や戦艦を映す場面もB級映画のようなCGだったため技術の問題だと思われる。

 

不要なオリジナルキャラクター

映画のみのオリジナルキャラクターとして、中村倫也演じる入江蒼士と上戸彩演じる市谷キャスターが登場するがどちらも不要だと感じたのが本心だ。

 

まず入江だが、かつて海江田と深町が共に乗務した潜水艦<ゆうなみ>が海難事故に遭遇した際、深町が海江田に対して不信感や嫌悪感を抱くようになった要因として描かれる。

 

これによって、両者の性格や思考の違いが顕著に表れ、深町の人間としての葛藤が描かれるのだが、このような描写がなくとも両者の対立は十分に成立しており、あまりに普遍的で陳腐とさえ感じてしまう。

 

次に市谷キャスターだが入江とは違い、完全に機能していない。
徹底された情報統制・報道規制がなされ一切の報道がない中、記者としての嗅覚で違和感を覚え、絶対に暴いて見せると意気込んで映画は幕を閉じる。

 

後述するが、恐らく制作されるであろう続編の布石でしかなく、それ以前は1~2シーンのみの出番で、彼女の記者としての才能が全く描かれていないため非常に唐突に感じられる。

 

映画上全く不要な役をほんの数シーン演じるだけでクレジットは3番目、さすがは大女優である。

 

深町の人物性

原作では2人は同期の設定だが、本作では先輩後輩、海江田は深町の上官に変更されている。そのため、対立構造や対峙した際の画が弱くなってしまう。

 

拳銃を携帯して<やまと>に"入国"し拳銃に手をかけようとした瞬間に「お帰りください」と制止されただけで引き下がるなど、どうしても絶対的な上下関係が出てしまい、拍子抜けしてしまうシーンが多かった。

 

また深町は、「簡単に潜水艦を見捨てることを認めない」ことを信念としており、海江田のやり方に強い憤りをあらわにするが、背景が描かれないため何故そこまで固執するかが理解できない。

 

若手隊員のような直情的で青臭い発言・言動が多く、何十人もの隊員の命を預かる艦長、そして二等海佐という幹部軍人とは到底思えないものばかりで私は受け入れられなかった。

 

続編ありきのラスト

ラストは海江田が日本との軍事同盟を掲げたところで幕を閉じるが、続編ありきの終わり方なためここも評価が分かれるポイントだろう。

 

32巻ある作品を2時間で収めるのは不可能で当然だが、あらかじめ〇〇部作や××篇と公表したほうが観客も受け入れやすいだろう。ほぼ間違いなく続編が存在する演出だったため私は問題なく受け入れたが、慣れていない方は困惑するだろう。


6.総評

実物の潜水艦と大規模なセットにより実現した原子力潜水艦の迫力は素晴らしく、潜水艦にGoProをつけて撮影されたダイナミックな映像も見応えがある。また、本作は様々な音がキーとなっており、クラシック音楽を戦術に活用したシーンは非常にユニークで印象的。

 

核の抑止力、日本の核武装などセンシティブな問題を取り入れた重厚な政治サスペンスの要素もテーマ性の深さを構築している。「世界を動かすには、日本が動かなければならない」と海江田が動機を語ったが、真意はどうあれ日本を再び立て直したいという愛国心のようなものも感じられた。

 

不満な要素も多いが概ね満足できた作品であり、恐らく制作される続編にもぜひ吉野監督に再びメガホンを取ってもらいたい。作品や監督、プロデューサー大沢たかおの今後の動向に注目したい。


7.こぼれ話

  • 大沢たかおは同時期に『キングダム』の役作りで増量しており、制服が体格の良さを際立たせ、より軍人らしくさせている。
  • 日本のAmazonスタジオ初となる劇場版映画。
  • カメラはドイツARRIのALEXA35、レンズはLeitz Cine WetzlarのLeitz Prime。撮影の小宮山充氏いわく「映画撮影では世界初の試みで、最強の布陣」。
  • 撮影基地は呉、横須賀、館山、下総、厚木。